新撰組ゆかりの地~京都名所歴史巡り、歴史観光

京都名所歴史巡り~新撰組ゆかりの地

京都に住むのが夢でした。

新選組が好きで戦国が好きで京都が好きで何度も歴史散策、歴史観光をしに足を運ぶうちに京都で暮らしたいという夢を抱くようになりました。
その夢を40代半ば叶えるべくついに引っ越して来てしまいました。

京都府民になってから今までの1年という期間はそれは充実したものでした。
全ての時間を費やして毎日のように京都を歩き京都を満喫する夢のような日々。

ガイドブックなどにはなかなか載っていないスポットなどにもめぐり逢い、マニアックな歴史散策コースをたくさん自分のものにしてきました。

戦国や織田信長に特 化したコースもありますが、今回は京都の名所、新撰組ゆかりの地を巡りたいと思います。

坂本龍馬など幕末志士の史跡とも重なることが多いので幕末に興味がある方はぜひ散策してみて欲しいと思います。

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まずは京都駅周辺から徒歩で散策できるお手軽コースを紹介します。

京都駅中央口を出ると目の前に京都タワーが見えます。
駅から京都タワーに向かう時に信号を渡るのですがその道が塩小路通りです。

京都駅を背にして京都タワーを前にしたら塩小路通りを左に進みます。
信号を3つほど進むともう最初の目的地が出現します。

【新選組最後の洛中屋敷跡の碑】

ハトヤ瑞鳳閣がある交差点にこう書かれた石碑があります。
新選組は隊士の数を増やす度に引っ越して屯所を移動してきました。

三番目の屯所の頃にこのあたりに洛中屋敷がありました。
塩小路通りを更に進むと次の通りに新選組幻の屯所と言われる

【不動堂明王院】があります。

狭い路地にある寺院です。ズラリと並ぶ赤い提灯が目印です。この通りが実は油小路なのですが、もう少し塩小路通りを進みましょう。

堀川通りを渡ると目の前にリーガロイヤルホテルがあります。この広大な敷地が三番目の屯所になった

【新選組・不動堂村屯所跡】です。

入口の竹やぶのところに近藤勇の辞世の句が書かれた石碑があります。
今はホテルとなっているこの敷地よりもさらに屯所は大きかったというから驚きます。

ここで先ほどの不動堂明王院まで戻るのですが、このホテル周辺に伊東甲子太郎が襲撃される前に近藤勇と二人きりで会見をした屋敷があったとの事です。場所は特定されてないようで残念ながら碑などはありません。

この辺にあったのかと堀川通りを眺めて思いにふけって下さい。

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不動堂明王院まで戻りましたら今度は方向を変えて油小路を北に歩きます。

当時は電気などありませんので夜は油に火をつけて灯りをとっていました。

この通りには油屋が立ち並んでいたことから油小路と呼ばれたそうです。

油小路を北に歩くと右手に伊東甲子太郎が襲撃された

【伊東甲子太郎殉難の地(本光寺)】があります。

先に述べた近藤勇との会見の後にここで討たれました。
今も本光寺の中で実物を見る事が出来る墓石にもたれて亡くなったそうです。

本光寺の女性住職さんのお話はとても面白いのでぜひ話を聞いてみて下さい。
ここの御朱印も素晴らしく、伊東甲子太郎ファンは必見です。

油小路をさらに西本願寺に向かって北に進むと大きめの交差点があります。
左手にパーキングがあり交差点の向こうに商店とランドリーが並んで見えます。

この交差点が新選組と御陵衛士が死闘を繰り広げ藤堂平助らが亡くなった場所です。
残念ながら石碑などは何もありません。思いをはせながら

八木邸の次に屯所になった【西本願寺】に向かいましょう。

隣りの興正寺もまた西本願寺とともに新選組との関わりがあります。

西本願寺は宿泊も出来ますよ。一度泊まりましたが宿泊客にだけ普段は入れない本堂にて朝のお参りが許されます。清々しい朝を迎えられますよ。

西本願寺の本堂などを見たらお堀の外の角にある太鼓楼も忘れずに見て下さい。
当時のままの姿との事なのできっと新選組の皆も目にした貴重な建造物です。
大きな案内看板もあり、読むと大砲のくだりはクスッと笑ってしまいました。

西本願寺の太鼓楼の辺りから油小路に向かうと、
【天満屋騒動跡】の石碑があります。

ここでの新選組がらみの騒動もぜひ調べてみて下さい。

京都駅から歩いて散策できるエリアでした。

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これだけでもサッと駆け足で巡っても2~3時間、ゆっくり堪能したら半日かかってしまうかもしれません。

ここからは壬生エリアに向かいたいので、バスかタクシーか徒歩で向かいます。

西本願寺前というバス停から京都市営バスに乗って壬生寺道まで行くのがお勧め。
時間があれば徒歩もいいですよ。まずは新選組の最初の屯所へ行きましょう。

かの有名な【八木邸】です。

芹沢鴨の暗殺時についた刀傷は何度見ても鳥肌が立ちます。
芹沢がつまづいたという文机がそのまま置いてある事にも震えます。

今もそこで彼らが暮らしているかのような雰囲気はたまらないものがあります。

新選組の聖地巡りとしては八木低が最重要の場所だと思っております。

お茶とお茶菓子付きの観覧チケットを購入すれば八木邸にあがって新選組の面々が暮らしたその部屋で歴史語りを聞く事が出来ます。

30分に1回くらい話し手さんが順々に変わって話を聞かせてくれます。
時間があればちょっと邸内で待てば2人の方から話を聞くことも出来ます。
同じ話なのですが解釈や話し方などがちょっと違って理解も深まり楽しいです。

その後は【旧前川邸】に行きたいのですが

ここは土日のみしか邸内には入れません。
平日は外から眺めるのみ。

土日は新選組ショップとなり中まで入れますよ。レジの奥には山南敬介が切腹した部屋もまだそのままあるとの事で興奮します。
ここでしか売ってない貴重なグッズもあるので、ぜひ土日を狙ってみて下さい。

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続けて【新徳寺】に行きましょう。

ここも中には入れません。外から眺めるのみです。清河八郎の大演説を空想しながら本道を外から眺めましょう。

そして【壬生寺(みぶでら)】です。

境内はもちろん壬生寺歴史資料室(壬生塚)もぜひ見て欲しいです。
新選組隊士の墓所とのことで近藤勇の胸像や芹沢鴨らのお墓があります。

時期を調べて行けば八木さんも興じたという【壬生狂言】を見る事も出来ますよ。

壬生寺から旧前川邸まで戻ります。前川邸の前の道をまっすぐ進むと

【光縁寺(こうえんじ)】があります。

お寺の前には【新選組の墓】という石碑があります。

中には山南敬介のお墓があり、その隣りには【沖田氏縁者】と書かれたお墓もあり、島原遊女、明里かな?誰だろう?と思いを巡らせるのも楽しいです。

ここの住職さんはとても愉快な人なので、ぜひお話を聞いて下さい。運がよければ普段は入れない本堂に入り山南さんの御位牌を拝ませて貰えます。

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壬生からちょっと歩きますが次は【島原】です。

西本願寺から壬生まで徒歩で向かうのなら先に島原に寄るのもいいですね。

芹沢たちが散々暴れた事でも有名な島原には【島原大門】や【輪違屋】が残っています。

八木邸での暗殺直前に酒宴を開き芹沢鴨にたっぷり酒を飲ませた事でも有名な

【角屋】(もてなしの文化美術館)もあります。

角屋は当時のままの姿で【新選組の刀傷】もそのまま残っていて見る事が出来ます。

芹沢暗殺前の酒宴が開かれた部屋も残っていて、案内をしてくれる方が私が座っている場所を指差して「そのへんに芹沢と近藤が座ってたそうですよ」と言われた時は興奮と驚きでおかしなテンションになってしまいました。
別料金を払って案内付きで二階を見学するのもおすすめです。

これで京都駅から油小路と西本願寺エリアと壬生・島原エリアというディープな聖地巡りを充分に堪能できると思います。

じっくり巡ると丸1日はかかると思います。2日くらい必要かもしれません。

このエリアを巡った後は河原町まで行って新選組の隊士たちも飲み歩いたという【先斗町(ぽんとちょう)】や【錦市場】を散策しながら飲み歩くのもいいですし、あの【池田屋】は今は華の舞という居酒屋になっていて昼からやっているのでおすすめです。

入口の自動ドアが開くたびに「御用改めである」と声がするのでテンション上がります。

坂本龍馬と中岡慎太郎が暗殺された事でも有名な【近江屋】も今はかっぱ寿司になっているのでお寿司を食べながら龍馬を偲ぶなんて事も出来ちゃいます。ぜひ京都で新選組三昧の旅を堪能してみて下さい。

このエリア以外にもたくさんの新選組の史跡があちこちにあります。

伏見はもちろん二条や三条から大阪まであります。

また機会がありましたらご紹介したいと思います。

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